本コラムは、植物生理や栽培環境の基礎について、できるだけわかりやすくご紹介して、日々の栽培における気づきや課題解決に繋がるような情報を、定期的に発信してまいります。長すぎず、複雑すぎず、でも何だか知って得するような内容を心がけますので、お時間あるときにでもお読みください。
第3回目のテーマは、『息を大きく吸って~、吐いて~』です。
「はい、息を大きく吸って~、吐いて~、ハイそのまま止めて!」というような感じで胃のレントゲン検査でやりますが、いざ意識して呼吸をしてみるとなかなかしんどいものですね。まずは腹筋を使って肺を膨らまして、ああもうこれ以上は無理ってところで、またもや腹筋を使って吐き出す。これ10回も続けたらかなりの運動、だいぶ体温もあがっていきますね。
私なら指示されたら意識して呼吸しますけど、ネコちゃんやワンちゃんでは言ってもやりません。では植物はどうかというと、言っても念じても伝わらないですけど、周りの環境を調節してやれば、呼吸を早めたり抑制したりということはできるのですね。それは植物の動きは周囲の環境によって左右される受動的なものですから。

そこで、今回のコラム(第3回)は 『植物の呼吸と温度』についてのお話です。植物の呼吸は周囲の温度によってその量が変わってきます。温度が上がれば呼吸量は増え、下がれば減っていきます。寒い夜に閉め切ったハウスでは、夜温が高い時の方が植物呼吸は増えて、吐き出される二酸化炭素濃度の上昇割合が高いのはその証拠です。また呼吸とは植物が糖分を分解してエネルギーを得るプロセスですので、夜温が高い方がエネルギーを必要とする成長にかかわる働きも活発であることになりますね。

それではここから「温度」について焦点を当ててみたいと思います。一口に温度といっても栽培において使われる「温度」にはいろいろなものがあります。
● 最高温度・最低温度
● 平均温度(日・日中・夜間)
● 基底温度
● 積算温度
● 露点温度
『最高・最低温度』は分かりやすいですね。一般的に最高温度はお昼前後、最低は夜半から明け方にかけてですが、1日の中のあるタイミングにおける温度は、その時々の植物の活動に最適な温度であることが望ましいです。つまり昼間であれば光合成や蒸散ですし、夜間であれば転流であったり呼吸による成長が該当します。
『平均温度』はある期間をとおしての温度を表すものですので、その期間において植物が成長するために必要な温度の平均値と捉えるのが良いでしょう。日平均温度であれば、栄養を生成する光合成とそれを消費する呼吸のバランスが、1日をとおして適切であったかどうかの指標になります。
次の『基底温度』は耳慣れない言葉ですが、成長(細胞分裂、組織の発達、開花、結実などの植物の内部的変化)が始まる最低限の温度のことです。基底温度を下回ると成長がほぼ止まります。成長が止まるということは呼吸によるエネルギー生成が殆ど行われないということです。
基底温度は品目によって違いますが、おおよその目安として、ナスとキュウリは10℃、ピーマン・ししとうは15℃、ニラは5℃程度といわれています。

次の『積算温度』とは一定期間における温度の合計値で、植物の生育状況を評価するために使われます。日平均温度を積算することで出される場合が多いですが、実際には日平均温度から基底温度を差し引いた値を累積したものを指します。
ナスを例にしてみましょう。基底温度は10℃で、日平均20℃の日が5日続くとすると:
(20℃ ー 10℃) x 5日 = 50℃
となってこの5日間の積算温度は50℃と計算します。基底温度15℃のピーマンの場合は同じように計算して5日で25℃となりますので、50℃を確保したいのであれば倍の日数がかかる計算になります。このことからナスやキュウリにくらべて基底温度の高いピーマン・ししとうでは、比較的温度帯の高い栽培環境が必要となることがお分かりになると思います。
積算温度を利用すれば発芽、成長、開花、収穫の時期をある程度予測することができますので、いつごろまでにどのくらいの植物生長をさせるかなどの栽培計画を立てる際にも有効な指標となります。
最後の『露点温度』とは、空気中の水蒸気が飽和して露ができてしまう温度です。露点温度についての説明は「温度」と同様に大切な「湿度」が絡んで栽培環境にはとても重要な内容となりますので、いずれこのコラムで詳しくご紹介する機会を持ちたいと思います。
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このように栽培における「温度」にはいろいろな切り口があり、さらに「温度」に影響を受ける「呼吸→エネルギー生成」という繋がりによってその利用方法はとても重要です。
生産者が普段おこなっている温度調整は「植物の生育を維持するために温度を調節している」のではなく、「呼吸量を増減させて、植物生長をコントロールしている」という意識を持つことが重要だと思います。
特に平均や積算の温度は、温度変化の推移の記録(データ)が無いと算出できません。SAWACHIなどのデータを活用して、温度を意識しながら植物生長をコントロールしていくことが『環境制御・データ駆動型栽培の第一歩』なのだと思います。
次回に続く
(IoP農業研究会 情報発信担当)
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