本コラムは、植物生理や栽培環境の基礎について、できるだけわかりやすくご紹介して、日々の栽培における気づきや課題解決に繋がっていけるような情報を、定期的に発信してまいります。長すぎず、複雑すぎず、でも何だか知って得するような内容を心がけますので、お時間あるときにでもお読みください。
第二回目のテーマは 『アスリートのような体を作りあげる⁉』です。
日本人であれば誰もが思い浮かべるアスリートといえば「メジャーリーガー・大谷翔平選手」ではないでしょうか。2年連続3回目のMVP受賞と、今や日米のみならず各国の野球ファンからも注目の的ですね。そんな大谷選手ですが2018年にメジャー移籍した時と今では、その身体は一回りも二回りも大きく力強くなっていることにお気づきでしょう。
これはまさに日々のトレーニングの積み重ねの賜物ではありますが、インタビュー記事などをみると、正しく栄養価の高い食事と、しっかりした休息・睡眠を常に心がけているようで、栄養摂取とそれを消費するエネルギーのオン・オフコントロールが、超一流のパフォーマンスを発揮する秘訣なのだなぁと感じています。
そうした目で栽培の世界をみてみると、トップレベルの栽培をされている生産者の方々は、アスリートの世界と同様に栄養・エネルギーの生成と消費のコントロールを最適化することによって素晴らしい植物体を作りあげ、それらは健康で病気に強くそして高い生産性を誇っておられるのですね。
それでは植物の生長における栄養とエネルギーの生成・消費とは、具体的に何を指すのか見てみましょう。
① エネルギーを作り出す『呼吸』
植物も人間と同様に生命を維持するために絶えず呼吸をしています。呼吸はエネルギーを作り出すプロセスです。作り出されたエネルギーは植物生長に関わるあらゆる活動で消費されるので、最も大切な働きと言っても過言ではありません。
呼吸は温度が上がることでその量が増えますので、それにともなって作り出されるエネルギーの量も増え、生長に関わる活動がより活発になります。枝葉が大きくなったり、着果や果実肥大など細胞レベルの活動に温度が影響するのは、呼吸によるエネルギー生成が強く関わっているためです。

② 栄養を作り出す 『光合成』
光合成とは植物が生長していくために不可欠な栄養(糖)を作り出す機能です。動物は食事によって栄養を補給しますが、植物は光合成という自ら栄養を作り出す機能をもっているのです。

光合成が阻害されて栄養が作り出されなければ、どんなに素晴らしいといわれる肥料を与えても植物は生きていけません。草にマルチを被せて光を遮断してしまえば光合成ができずに草は枯れますし、除草剤の多くは植物の光合成機能を阻害させる機能をもった薬剤です。
光合成によってどのくらいの栄養(糖)が作り出されたかを知ることは、栽培にとってとても有益な情報です。IoP研究の成果によりSAWACHIでその量が見えるようになりました。そうした情報をうまく活用すれば、植物の生育におけるエネルギー消費のオン・オフコントロールのレベルも上がっていけると期待できますね。
③ 水や肥料を取り込む 『蒸散』
蒸散とは葉内にある水分が気孔をとおして大気中に蒸発することを指しますが、蒸発により失われた水分を補うために、根の周囲にある水や肥料成分を吸収する働きに繋がります。

気孔からの水分は葉の周りの空気が乾燥しているほど早く蒸発しますので、一般的にはハウス内の湿度が低いほど蒸散が進み、水や肥料の吸収が活発になります。
植物生長に最も大切な栄養(糖)は光合成によって作られますが、窒素など根から吸収される肥料成分はエネルギーの生成や植物細胞を作り出す際の材料になりますので、雨続きなど多湿で蒸散が少ない環境が続くと肥料不足も引き起こし、植物が弱ったり病気などの障害の原因となり得ます。
④ 栄養を輸送する 『転流』
光合成によって葉内で製造された栄養(糖)を、植物体の各所(果実・成長点・根・葉など)に輸送する活動が転流です。葉内の栄養(糖)の濃度が高まると移動が始まります。

栄養(糖)の移動は「浸透」と呼ばれる自然物理現象によって行われます。これは葉の中の栄養(糖)の濃度が高いところから、濃度の低い場所へ移動する動きになります。コップの中の水にインクを落とすとインクが広がり、濃かったインクの色は最終的には水全体に薄く広がります。これが「浸透」の動きの一例です。
ただし「浸透」による移動は長い時間を必要とするので、植物はより早く栄養(糖)を移動させるためにエネルギーを発生させて能動的な輸送も行っています。温度が高い方が呼吸が増えて活発にエネルギーを発生するため、転流の動きすなわち栄養(糖)の輸送も活発化します。
前回のコラムでお伝えした、植物の生長にとって重要な4つのはたらき(呼吸・光合成・蒸散・転流)こそが『植物の生長における栄養とエネルギーの生成・消費』の正体です。光合成で栄養(糖)を作り、転流で各所に送り、蒸散で外部から水と肥料を取り込み、呼吸によって作られたエネルギーをつかって、植物体内各所において細胞レベルで生長をするサイクルが回っているのです。
これらの働きひとつひとつを最適化して、それらをバランスよく連携させることができると、「アスリートのような植物体」が作られていくのです。
トップレベルの生産者の皆様が有している『高度な栽培技術』とは、まさにこれを指しているのではないでしょうか。
次回につづく
(IoP農業研究会 情報発信担当)
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