本コラムは、植物生理や栽培環境の基礎について、日々の栽培における気づきや課題解決に繋がるような情報を、定期的に発信しています。お時間あるときにでもお読みください。
第9回目のテーマは、『蒸散を見る』です。
前回のコラムでは、「日射が強くなると蒸散も進んで水が必要となるので、日射比例灌水をしましょう」とお話して、SAWACHIの日射量予測を活用した灌水量の調整をご紹介しました。そこで今回はあらためまして、IoPで研究されている「蒸散の見える化」について少し詳しくお話したいと思います。
何度もご紹介していますが、蒸散とは葉内にある水分が気孔をとおして大気中に蒸発することを指しており、蒸発により植物体から失われた水分を補うために、根の周囲にある水や肥料成分を吸収する働きに繋がっています。そして蒸散量を左右する要因にはいくつかあるということをご紹介しましたので、その中身をひとつずつ見てみましょう。

相対湿度・飽差
気孔内には水が満ちている状態にあるので、相対湿度としては殆ど100%であると考えます。そして気孔の外側の相対湿度が100%より低い場合、その差によって葉内の水分が外側に蒸発します。内外の湿度の差が大きいほど蒸発速度が速くなるので、蒸散量も増えることになります。

気温・葉温
「湿度を知る」のコラムで説明しましたが、温度が上がると飽和水蒸気量が増えて相対湿度に影響することを覚えていますか?上記のとおり葉の周りと葉の内部の相対湿度の差で蒸散量が決まるので、それぞれの相対湿度に関連する気温と葉温も影響を及ぼす要因となります。
日射量
これは前回のコラムでご紹介したとおり、日射量が増えると気孔開度も大きくなるために蒸散量が変わってきます。瞼の開き具合で乾き具合が変わる実験はやってみましたか?また日射強度は気温・葉温にも影響しますので、その点からも蒸散量に影響を及ぼします。
CO2濃度
気孔は光合成のためのCO2の取り込み口でもあります。CO2についても外部と内部の濃度差で移動がおこりますが、光合成で必要となるCO2は外部の濃度が高いほど、葉内に入ってくる速度が速くなります。つまり気孔という出入口で水蒸気は外に、CO2は中に移動しているのでこれによる混雑がうまれて蒸散量に影響でてきます。
葉の大きさ
これは気孔の数がかわってくるので当然ながら蒸散量に影響がでます。
風速
葉の周りに空気の淀みが滞留していると、気孔からの水蒸気が外部に出づらくなる現象が発生します。そうした淀みを「葉面境界層」と呼びますが聞いたことがある人もいるかもしれません。この淀みを取り払うにはある程度の風(空気の流れ)が必要になります。すなわち空気の流れが速い方が蒸散はしやすくなるのです。室内で洗濯物を乾かす時に扇風機の風を送るのも、洗濯物の水分を早く蒸発させるために周囲の空気の淀みを飛ばしているのですね。

以上が蒸散量に影響する要因になりますが、大きく分けると
① 水分の蒸発を促す内外湿度差、
② 気孔から外部に水蒸気が出ていくときの通りやすさ
のふたつにまとめられますが、植物周辺の環境要因に依存して蒸散という植物の働きが影響されることがご理解いただけたでしょうか。
IoP研究では、センサーで取得した日射量・気温・湿度・CO2データをもとにAI技術を利用して蒸散量を算出するシステム、「植物生理生態AIエンジン」を開発しました。そのため現在ではSAWACHIから「植物生理生態AIエンジン」に該当データをリアルタイムに送信して計算するため、該当データを取得しているSAWACHIユーザーには蒸散量情報も同時に提供されています。
それでは具体的にどの程度の蒸散が日々行われているのかを見てみましょう。

このグラフは、SAWACHIニュースの農技センター農業情報研究室便りに掲載された、安芸市のナスハウスのデータを使って蒸散量と日射量の変化を表したものです。日中1時間ごとの10アール当たりの蒸散量合計値を、「植物生理生態AIエンジン」を使って算出しました。
葉の量や大きさによって蒸散量は変わりますので、ここでは葉の面積が1㎡であることを条件としており、この指標を「個葉蒸散量」と呼んでいます。
日射・温度ともにもっとも高い12時台の蒸散量をみると、188ℓもの水蒸気が葉っぱの気孔をとおして蒸発していることがわかります。当然ながら、植物体には失われた水分を補うために少なくとも同量の水が必要となります。このグラフは1時間ごとの量ですが、日積算では1135ℓになる計算ですので、植物を維持するにはそれだけの灌水量が最低限必要になります。
しかしながら蒸散量と同量の灌水をしていたのでは不足が生じてしまうのは当然のことですね。それは根域外に移動してしまう水もあるからです。その分の水量を想定して、最低限+αの灌水量が必要となりますが、この+α部分をどうするかは土壌の水の保持力によって決められますので、そこには圃場主の経験が必要ということになります。
とはいえ、この蒸散量の情報がわかれば最適な灌水量の指標となり得ます。現在IoP研究の一環として、蒸散量を元にした灌水量を算出するシステムの開発にも取り組んでいます。このグラフでもわかるように、蒸散量と日射量は大体の傾向は同じであっても、蒸散は日射以外の要因、特に相対湿度・飽差の影響が大きいために差異がでてきます。この例では特に午前中の日射の上昇と蒸散の増加度合に差が大きいですね。温度上昇のために換気窓が閉まり気味で飽差の低い環境で蒸散が進まないのかもしれません。
こうした新しい技術開発には大いに期待したいものですが、現状でも蒸散量の情報が取得できるSAWACHIユーザーの方も多くなっていますので、季節の変化に合わせた日射量の増加に加えて蒸散量も意識して栽培管理をなさってはいかがでしょうか。
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次回に続く
(IoP農業研究会 情報発信担当)
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